東京国立博物館で2012年3月20日から6月10日まで開催されている特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」で実物を見ました。
ボストン美術館の所蔵品は日本にあれば国宝や重文指定間違いなしの名品ぞろいで、明治維新当時来日したフェノロサやビゲローの眼目がいかに優れていたかが伺われます。
日本は廃仏毀釈が発令され、伝統文化よりも西洋文化の波に押されていたという時代背景が、彼らのコレクションを後押ししてしまったところがあります。
●吉備大臣入唐絵巻のストーリー
物語の時代は奈良時代。吉備真備(きびのまきび)という実在する人物(695~775)が主人公で、唐で客死した阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)の霊(幽鬼)の助けを借りて、唐人から出された難題に立ち向かい見事に勝利するというフィクションです。
■日本からの遣唐使船
吉備大臣が唐にわたり、使者に迎えられ案内されたところは鬼が出没して生きて出るものは居ないという楼閣。
真夜中、雨風が強くなった頃、一人の鬼が現れる。正体は先に唐に渡った阿倍の仲麻呂の霊(幽鬼)であった。
■幽鬼
話がしたいという幽鬼に、「鬼の姿を変えよ」と伝え、幽鬼は衣冠束帯姿で吉備大臣と対面。そこで幽鬼は、日本に残る自分の子孫の様子を聞きよろこび、吉備大臣に協力することを約束して帰る。
■楼閣の吉備大臣と姿を変えた幽鬼
翌日、使者たちが楼閣を見に行くが吉備大臣が健在なことに驚く。
そこで次の難問を考えるが、吉備大臣と幽鬼は超能力で空を飛んで宮殿に忍び込み、検討中の試験問題を盗み聞きする。それは日本にはまだ伝わっていなかった「文選」であった。
※「文選(もんぜん)」中国南北朝時代に南朝梁(502~557)の昭明太子によって編纂された詩文集。全30巻
■盗み聞きする吉備大臣と幽鬼
「文選」を覚えた吉備大臣は室内にその一部をわざと散らかしておく。
到着した使者たちは吉備大臣が「文選」の内容を知っていることに驚く。
「日本では皆知っている」とうそぶいた吉備大臣は、使者が持ってきた「文選」30巻を謀り取ってしまった。
事の次第を皇帝に上奏し、次に碁の名人と試合をさせることになる。
碁を知らない吉備大臣は幽鬼から手ほどきを受け、天井を碁盤に見立てて策を練る。
■幽鬼に教えられ碁の練習をする吉備大臣
名人と初心者である吉備大臣との対局がはじまる。
吉備大臣は碁石を一つ隠し飲むことで辛勝したが、納得のいかない名人側が碁石を数えると一つ足りないことに気づく。
そこで占い師に調べさせると「吉備大臣が一つ飲み込んだ」という。
唐人たちは吉備大臣に下剤を飲ませ、排泄物の中まで碁石を探すが、吉備大臣は超能力で内臓内に石をとどめて難を逃れた。
■鼻の穴に指を突っ込んだりして排泄物を調べる唐人たち
意気消沈しながらも首をかしげる名人たち。
この後も次々と難題が課せられたが吉備大臣は無事に潜くぐり抜け、日本に「文選」や「囲碁」を持ち帰ることができたという。
「ホンとかいな」と思いながらもこの痛快さは思わず信じたくなるような内容であります。
尖閣諸島問題も野田首相の側近に吉備大臣と阿倍仲麻呂がいたなら見事に解決できただろうに・・・。
よろしければポチっと⇒

オマケにもひとつ⇒

にほんブログ村
ついでにクリック⇒ブログ王
「わくわくアート情報/絵画の見方・買い方」
ブログトップページへ
この記事へのコメント
手代木直右衛門
RYOTA