オランダ出身のカトリックの司教であったヘンリ・ナウエン氏(1932-1996)は、米国ハーバード大学やいくつかの大学で教鞭もとり、多くの名声を得ていた。
ある日、ナウエン司教は17世紀の画家レンブラントが描いた「放蕩息子の帰郷」という絵画作品のポスターと出会った。その絵から衝撃を受けた彼は、自らの内面を考察する長い霊的冒険の旅に出た。そしてついには一冊の本を書き著すこととなる。
ナウエン司教の本は単なる聖書の解釈のようなものではない。彼が一枚の絵画によってもたらされた極めて個人的でしかも濃密と言ってもよい内的体験を綴ったものだ。
※レンブラントの「放蕩息子の帰郷」は、聖書の「ルカによる福音書」の中の物語のワンシーンを描いたものである。(福音書とはイエス・キリストの生涯や教えなどを記録したもので新約聖書の中に収められている)
■レンブラント「放蕩息子の帰郷」(1668年頃制作)262 × 205㎝
レンブラント・ファン・レイン(1606‐1669)は、絵画技術における革新者の一人として高い評価を受け、当時画期的だった「集団肖像画」で若くして人気作家となった。ところが、富を得た人間にありがちな傲慢なふるまいと浪費によって身を持ち崩した。さらに不幸なことに妻や子供とも死に別れる。放蕩の末に破産をするという、いわば没落の人生を歩んだ人である。
絵画「放蕩息子の帰郷」はレンブラントの死の前年1668年に描かれたものだ。
まず、ここに「放蕩息子の帰郷」の物語の要約を紹介したい。ここで述べることの理解のためにはこの物語の内容を知っておく必要があるから。
★聖書「放蕩息子の帰郷」の要約
ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に財産の生前贈与を受けたいと申し出た。父親は財産を二人に分けてやった。ところが弟息子は全部をお金に換えて遠い国へ旅立ち、放蕩の限りを尽くして財産を無駄に遣い果たしてしまった。
弟息子が何もかも使い果たしたとき、その地方に飢饉が起こり、彼は「豚の餌でも食べて飢えをしのぎたい」と思うほど落ちぶれた。そこで我に返り故郷を思い起こして父のもとへと発った。
父親は弟息子が遠くから歩いて来るのを見つけて憐れに思い走り寄って抱きしめた。息子は「お父さん、わたしは罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と言った。それに対して、父親は「一番良い服と指輪を息子のために準備し、肥えた子牛を屠りなさい」と僕に命じ祝宴を始めた。
ところで兄は畑にいたが、家の近くに来るとなにやら音楽やざわめきが聞こえるので、僕の一人を呼んで事の次第を聞いた。兄は怒って家に入ろうとしないので、父親が出てきてなだめた。兄は父親に言った「私は何年もお父さんに仕えて言いつけに背いたことなど一度もありません。それなのに私が友達と宴会をするために子山羊一匹すらくれなかった。ところが、あなたのあの息子が娼婦どもと一緒にあなたの身上をつぶして帰ってくると肥えた子牛を屠るとは。」
すると父親は言った。「子よ、お前はいつも私と一緒にいる。私のものは全部お前のものだ。だが、あの弟は死んでいたのに生き返ったのだ。祝宴を聞いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」
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すると父親は言った。「子よ、お前はいつも私と一緒にいる。私のものは全部お前のものだ。だが、あの弟は死んでいたのに生き返ったのだ。祝宴を聞いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」
物語はこの父親の言葉で終わっている。
ヘンリ・ナウエン司教が最初にレンブラントの『放蕩息子の帰郷』に出会ったのは、絵の一部を複製したポスターだったが、のちに、ロシアのサンクト・ぺテルブルクのエルミタージュ美術館において実物作品の前で長い時間対峙している。
このブログの著者の私もエルミタージュ美術館で『放蕩息子の帰郷』の実物に出会っているが、私とこの作品との出会いは、それほど感動的でもなく、内的に深く啓発されるものでもなかった。ところが、ナウエン司教の本を読んでみて、あらためてレンブラントの偉大さとこの絵画作品の深さを知らされたのである。
レンブラントは放蕩の末に家族も失い、晩年は孤独の中で絵を描き続けた。『放蕩息子の帰郷』が描かれたのは画家の死の前年なのだが、すべてを失ったレンブラントは、それゆえにこそ、ある達観の境地に至ってこの作品に取り組めたのではないかと思う。死を迎えた同年に彼が描いた自画像にもそれを感じることができる。晩年のレンブラントは自身の内面を深く見つめていたに違いない。
■レンブラント「63歳の自画像」1669年作 86×70.5㎝
レンブラントは死の数か月前に3枚の自画像を残しており、上はその中の1枚である。
何かを憐れむようなその目は神秘的な光を宿し、見るものに様々な解釈を導く。自画像から「・・・ところでお前はどうなんだい?」という声が聞こえてきそうだ。
話を「放蕩息子の帰郷」に戻そう。
●ナウエン司教の悔い改め
ナウエン司教は、当初、「放蕩息子の帰郷」の絵の中で父親に両肩を抱かれている弟息子(放蕩息子)に自分自身を重ねて見ていたという。しかし、ある日、知り合いから「あなたはむしろ兄息子のようだ」と言われる。改めて絵の中の兄息子を見続けながら、結局、その指摘を受け入れた。
ナウエン司教は晩年になってカナダのコミュニティで知的障害者の支援に尽力するが、それまで常に高い地位にあって活動していた。傍らに置いた「放蕩息子の帰郷」の複製画を見続けることで、自らの内に潜む(篤実な信仰者にありがちな)傲慢さに気づかされたのだのだろう。
彼は著書の中で、「兄息子の裁き・避難・怒り・恨み・嫉妬」を、そして「兄息子の方が弟息子よりも回心が難しい」ことを、自らの内なる体験として赤裸々に語っている。
そして、悟ったのは「この父にならなければならない」ということだ。
イエス・キリストが語った放蕩息子の物語に描かれている「父」は、無条件の愛とゆるしを示す「神」の姿そのものだ。
ナウエン司教の本は、レンブラントの「放蕩息子の帰郷」の絵を通して得た自身の悟りの過程を書いている。そしてキリスト教神学的な解釈も述べている。興味がある方は是非読まれたし。
ナウエン司教の本を読んだことで、私も「放蕩息子の帰郷」の絵を見る視点が広がった。ここでレンブラントが描いた登場人物と私が絵の中で注目させられたものをみてゆこう。
●レンブラントが描いたもの
●登場人物(左から)
・左端の赤いマントの父に抱かれたボロボロの姿の弟息子(放蕩息子)
・その奥で母親らしき女性が見ている(物語には出てこない)
・壁に寄りかかって見ている雇人(僕)
・帽子をかぶり足を組んで座る紳士は招待客?(物語には出て来ない)
・右端で父と弟息子を上から見下ろしている赤いマントの紳士は兄息子
兄息子は物語にあるように弟息子を歓迎しておらず、むしろ父親の愛を比較して弟に嫉妬している。したがって表情は険しい。
雇人はただの興味本位で見ている。母親らしき人物は心配しているのだろうが近くにはいない。
※明るさを強調した画像
物語の主人公は「父親」と「弟息子(放蕩息子)」、そして「兄息子」だ。この3人に強く光が当たっている。
構図は、一段高い位置に立った兄息子が弟と父を見下ろすように描いている。
父はせいいっぱいの愛を示して優しくそして力強く息子の肩を抱き、跪いて父親の胸に顔をうずめる弟息子は父の愛とゆるしを一身に受けとめている。兄息子はそんな弟と父を理解することができず、裁きの思いで見下している。なにしろ兄息子は「自分は従順に正しく生きてきた」という強い自負があるのだから。
●不思議な人物
ここで私が注目したいのは「兄息子の横で足を組んで座っている帽子の紳士」だ。(ナウエン司教の本ではこの男にそれほど注目していないが)
男の目は父子に向けているがその視線は虚ろだ。レンブラントはどうして物語にも出てこないこの人物をこんなにも大きく登場させたのだろう。
この人物を見ていると、そのうち彼がただの傍観者であることに気づく。何の同情も示してはいない。兄息子の嫉妬と嫌悪も、雇人の興味本位も、母親の心配もない。ただそこに居てボーっと見ているだけだ。
見れば見るほど、この人物が浮いてしまう。
しかしながら、よくよく考えれば、この絵を鑑賞している我々もまた、この人物とさほど大きな違いがないのではないだろうかと思える。そう、我々も傍観者なのだ。この絵の、そして絵に描かれた物語に対しての。
●ただ見過ごしている
レンブラントの絵によってこの劇場(物語)に招待された人は、何千万人あるいは何億人もいる。つまりそれだけたくさんの人がこの絵を見ている。たとえ画像であったとしても、あなたもその一人だ。
聖書や礼拝の説教によってこの物語をよく知る篤実なクリスチャンならば、弟息子(放蕩息子)に自らを投影させてみる人もいるだろう。しかし多くの場合、自分のこととして見たりなどしない(自分はこの弟息子ほどひどい裏切りはしていない)。
ましてや、「上から目線で見下す兄息子と自分は同じだ」と感じとれる人が何人いるだろうか?さらには、無条件の愛を示す父親の姿に感動する人はいたとしても、ナウエン司教が告白したように「この父のようになろう」と決意する人は何人いるだろうか?
もう一度言う。我々は絵の外側からこの絵を見ているのだが、絵の中で足を組んで座って見ている帽子の紳士とさして変わらない。そう、「傍観者」なのだ。
レンブラントはこれら登場人物の心情を彼自身の人生(栄華と没落)の中ですべて味わってきたに違いない。そして人生の終わりに、一人一人の登場人物に自分自身を投影させてこの大作に挑んだ。
その絵の中に明らかな傍観者を一人描いたのだ。この人物は、無言のまま「私はこの絵を見ているあなただ」と語っているようだ。ならば、レンブラントはこの男を描き入れることによって、逆説的に、「傍観者であってはならない」と我々に警告しているのかもしれない。
様々なメディアが発達した現代。TV・映画・SNS等々、膨大な物語や出来事やメッセージを臨場感たっぷりに次から次へと見せてくれる。そのスピードは、ただ過ぎ去らせるに十分な速さだ。たとえば悲惨な戦争を見せられても、傍観者であることのもうしわけなさを感じている暇もない。さして痛みもない。だから祈りもしない。そして、物語や世の中で起こっている出来事は自分自身の内面の反映かもしてないなどとは考えてみることもない。
●息子であることの証
それから、ナウエン司教は絵の中にある大切な発見をしてる。
レンブラントは、「放蕩息子の帰郷」の中に一つの重要な事物を描き込んだ。それは弟息子の腰に下がる「短剣」である。これは、一般に貴族であることの証だが、この物語においては父の息子である証としてレンブラントはあえて絵の中に描き入れたのだろう。
放蕩息子は「豚の餌でも食べたい」と思うほどに落ちぶれたのだが、決してその短剣を売り払って飢えを凌ごうとはしなかった。この短剣は「私はこんなに落ちぶれてもあなた(父)の息子である」という矜持を捨てていないことの象徴的事物だ。
では、レンブラントはこの短剣にどんな思いを込めて描いたのだろうか。それは、「どんなに落ちぶれても、俺は今も画家として歩んでいる」という、彼が画家であることの矜持のあらわれでもある。そんな気がする。
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